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違う。
きっとこの若者の目的は、王や集う人々が抱いた単純な物語ではない。
ビリビリと伝わる怒りは、どういうわけか親愛を伴い、絡まり合って大渦となっている。
身体には収まりきらぬ想いが若者を苦悩させている。
「……オネット」
「………」
「オネットよ!」
不意にかけられた呼び掛けに、オネットは驚き顔を上げた。
気が付くと全ての民が自分を仰ぎ見ていた。
咄嗟にアランを窺うと、同じ様にこちらを見据えている。
その双眼に、オネットの心は激しく揺れた。
「オネットよ。執鋭のドラゴン=シールダーに祝福と宣言を」
「な、なぜ私が? それはお父様の役目では……」
「我が国始まって以来の歴史的偉業だ。そなたに譲ろう」
「なにを仰って……」
「姫様。遠慮なさらず、アラン殿の試練を許可し、祝福を授けられよ。さすればついに、我が国が封印せし黒竜ジルニトラへの扉が放たれます」
傍らの司祭が耳打ちする。
旅人や商人への祝福とは話が違うと言うのに。そのような大任を娘に譲る、父の意向が計り知れない。
コシュールが丁重に差し出した聖水と聖木の葉、古代紫色の布に載った黄金の鍵を、オネットは意を決して受け取った。
階段をゆっくり下り、アランの前に降り立つ。
「……ドラゴン=シールダー、アランよ。そこへ」
アランは黙ってひざまずいた。
聖水にオークの葉を浸し、アランの黒檀の髪にそっとかざす。
「……アラン。あなたに、ひとつ聞きたいことがあります」
祝福の直前、オネットは声を潜めてアランの耳元に囁いた。
「あなたは先程、王の問いに何と答えるつもりだったの?」
アランは怪訝に顔を上げた。
「ドラゴン=シールダーとなった目的は、世界の安寧を背負うため……?」
「世界など関係ありません」
迷いなき言葉がオネットに真っ直ぐ届いた。
その時。
謁見の間が微かに震えた。
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