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「俺達は間違いなく前進しているのかっ!?!」
男が有らん限りの声量で前方に発した問いかけには、何も戻ってこなかった。
無理もない。
風はもはや気体ではなく、獰猛な物体となって襲い来る。それが引き連れる雪の礫は、名手が放つ弓矢のように細く鋭く全身に突き刺さる。
猛吹雪が奏でる音色はまるで、途切れることのない幼子のか細い悲鳴にも、邪悪な野獣の断末魔にも聞き取れた。
仲間の姿が見えない。
いや、目を開けていられない。
顔面は凍りつき、鼻腔から侵入する雪と氷は喉元に冷気を誘う。
言葉のやり取りが叶う場ではなかった。
「……っくそ」
宿場で備え付けたサバトンが仇となり、雪に深く沈み込む足を抜くことさえ困難だった。
もはや肢体の感覚がない。
ここへきて、自然との死闘を繰り広げるとはよもや誰一人思わなかっただろう。
ハルスバード王国が更に領地を拡張したとの噂で盛り上がる商人を横目に、パンとスープで夕げを取っていたのは、つい数刻前のことだ。
繁栄した都市の商館では、集う遍歴商人達の会話が重大な情報源になることが多い。
自分達は商人とは程遠いものの、宿屋より商館を選んでは、ひっそりと情報を得る旅を続けていた。
「あれだなぁ、グリエルモ公爵の領地が根こそぎもっていかれたってぇ話でさぁ。なんでも、ものすげぇ強大な常備軍のおかげだってなぁ。ゆくゆくはグリエルモ公国は滅びるんじゃねえかって噂だぁ。まあよぉ、このまんまハルスバードが領土を拡げて……」
テーブルに食べかけの果実を転がしたまま、顔面が赤膨れた中年の舌はとうとうと回る。
「おれも知ってるぞ! ハルスバードの姫様がそれは麗しい美貌の持ち主だってことをな! ……お目にかかったことはねぇが」
「そんなことより、驚くべき報せがあるぞ。これは、従兄のパオロが嫁を貰うよりも更におったまげる報せさ」
「パオロって誰だぁ?」
「パオロは捨て置けよ。おい、その報せってなんなんだ?」
「ハルスバードに、執鋭のドラゴン=シールダーが来る」
高齢の男の言葉に、場が静止した。
赤顔の中年が、右手の酒をカタンと置く。
それと同時に、ダンクスの前で共に聞き耳を立てていたアランが立ち上がった。
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