一章

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 私は自分が夢でも見ているのではないかと、自分を取り巻く非現実的な現実を疑った。まさか本当にこの不潔な老人が、人間ではない神、または悪魔とでも言う類の存在だとするのだろうか。私はある筈のない存在を肯定してしまった現実に狼狽えて、一言も喉から言葉を出せず、凶器を持った男が突如、目の前に現れて腰を抜かしてしまった人のように狼狽するしかなかった。するとまた私の目前で、余りに幻想的とも言える奇妙な現象が生じた。老人に抱かれた赤子が、開いているのかも分からない小さな口で、「りゅーいち。りゅーいち。」と私の名前を呼んだ。それはまだ発達していないのだろう喉から出た、今までに聞いたことがないと思われる掠れ声だったが、赤子は確かにはっきりと私の名前を呼んだ。私は神の子か悪魔の子か、赤子の気味悪い声を聞いて、もう目の前の老人も赤子も、ただの人間ではないことを嫌でも理解した。老人は私に「こやつもお前に抱かれたいと言っている。さあ、こいつを手に取って抱いてやれ。この赤子は今日からお前が育てるのだ。」と言ったので、私はご主人様に使われる奴隷のように、白い布から赤子だけを受け取った。白い布だけが、老人の腕に真っ黒な糞だけを残してだらりと垂れている。  私の腕の中の赤子は、両手両足を力一杯に上げていた。その姿が何だかとても間抜けで、見れば見るほどこの小さな命が無様なものに思えてくる。これが本当に私の子だというのか。私は赤子の顔のパーツを睨みつけるかのように見たが、目の前の小さな一つ一つのパーツは全て歪な形をしていて、猿の赤子の頭を金槌で潰せばこうにでもなるのかもしれないと思った。私は思わず老人に確かめた。 「これが本当に俺の子どもなのか?」すると老人は私の息の根を止めようとするかのように、「その子にはお前の血が流れているのだから、お前は歴然としたその子の父親だ。」と言った。
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