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「おせーよ。大丈夫かおまえ」
おにいちゃんはため息をついて、私を離した。三角コーンを拾い上げる。
「もういいよ。教室帰れ」
私は入り口で足を止め、おにいちゃんの背中に声をかけた。
「お、おにいちゃんは顔だけならかっこいいから、彼女できるよ」
「はいはい」
おにいちゃんは振り返らずに、ひらひら手を振った。
★
放課後、私は旧美術室へ向かった。五木先輩が絵を描いているかもしれない、と思ったのだ。扉の前に、おにいちゃんがいるのが見える。
「なにし……」
声をかけようとしたら、羽交い締めにされた。
「ちょ、痛い。なに」
「いいから行くぞ」
おにいちゃんはそのまま私を連れて行こうとした。
「……でさ」
あ、五木先輩の声だ。私はおにいちゃんの腕を振り払う。かすかに開いた扉から、五木先輩と、多分三年生の女子がいるのが見えた。五木先輩はイーゼルの前に腰掛け、絵を描いている。女子は、机に座って、ぶらぶら足を揺らしている。
「ねえ、正樹って意外とモテるよね」
「いきなり何」
「仲いいじゃない。あの、なんだっけ。川内さん?」
「別に。ただの後輩」
ただの、後輩。
「怪しいなあ」
「妬いてんの?」
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