270人が本棚に入れています
本棚に追加
プールサイドを出ると、スパン、とボールを跳ね返す音が聞こえた。プールの隣には、テニスコートがある。黄色い球が飛ぶのを眺めていたら、昔、おにいちゃんのラケットを高校に届けたのを思いだした。打ち合いをぼんやり見ていたら、かしゃん、とフェンスが鳴った。振り向くと、おにいちゃんが立っていた。こっちを見下ろし、眼を細める。
「五木先輩とやらがだめだったから、今度はテニス部かよ。節操なし」
「ち、違うもん。見てただけだよ」
あっそう。おにいちゃんは、興味なさげに言った。テニスをしている生徒に目をやり、
「しかし、あいつらヘッタクソだな」
「おにいちゃん、上手だもんね。教えてあげたら?」
「ぜってーいや。残業になるじゃん」
相変わらず体育の先生らしくない。
「おまえの髪、塩素の匂いすんな」
おにいちゃんが、私の髪に顔を近づけた。かしゃん、とフェンスが音を立てる。触れ合ってるわけじゃないのに、ドキドキ、する。多分、ドキドキしてるのは私だけだ。しばらくして、おにいちゃんが口を開いた。
「おまえ、昼休み補習な」
「え」
「え、じゃねーよ。20メートル泳げなかったら成績一だから」
「やだ」
私は青くなった。この学校で一なんか取ったら呼び出しだ。
「泳げたらアイスおごってやる」
「ほんと?」
顔を明るくしたら、おにいちゃんがふ、と笑った。
「アイスにつられるとか、ガキだな」
「ガキじゃないもん」
おにいちゃんは、私の髪をくしゃっとして歩いて行った。私は、おにいちゃんが乱した髪をなおす。
「ガキじゃ、ないもん」
最初のコメントを投稿しよう!