一話

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制服を着たままの娘の身体は、殴られた衝撃で玄関の壁にぶつかると、そのまま滑るようにして座り込んだ。 私は娘を殴った拳が少し痺れるのも構わず、そのまま俯いて震えている娘の髪を掴んで引きずるように引き寄せると、「謝りなさい!」と怒鳴りつけた。 それでも、娘の口からは謝罪の言葉はひとことも出てこなかった。 娘を殴ったのははじめてだった。 娘がまだ小学生の時に妻を亡くしてから、ずっと男手ひとつで育てた一人娘だ。 反抗期らしいものもなかった娘は体罰をするほど躾に苦労することもなかったし、両親が揃っている家庭に比べて寂しい思いをさせている自覚はあったから、多少のことなら殴るまでのことはしなかっただろう。 けれど、盗みとなれば多少どころではない。 娘の通っている高校へ呼び出されたのは、今日の夕方のことだった。 家庭訪問の時に顔を会わせただけの年輩の担任教師の男と、大学生に間違えられそうな若い副担任の女は、態度の方も対照的で、傲慢そうな担任は眉を上げて汚いものを見るような視線で娘も私も見下していたが、気の弱そうな副担任の方は眉を下げて、娘と私を交互に気遣わしそうに見ていた。 その様子からあまり良い話ではないことは直ぐに察しがついたが、まさか娘が窃盗などという大問題を仕出かすとは予想だにしていなかった。 それも担任の教師から、高価な宝飾品を盗もうとは。
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