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いよいよ、岡山へ出発する、という日、私は駅まで見送りに行った。
連日のテストで寝不足で、体はだるく、あやうく遅刻しそうになった。
スーツケースを引っ張る怜央の後ろから、入場券で改札をくぐる。
「映画だと、入場券買うシーンなんてほとんどないよね」
「なんとなく、事務的だよな」
「入場券、お金取らなくてもよくない? 別れを惜しむ人から取るとか、ひどくない?」
お互い、ずっと笑いながら喋っていた。
「荷物見ててあげるから、飲み物買ってきなよ」と促すことさえ、した。
発車ベルの直前、
「カブトガニってさ」
と、怜央が前を向いたまま、言った。
「つがいになったら、メスとオスは、死ぬまで離れないんだ」
特急列車の清掃が終わり、ドアが開いた。
同時に、景色が見えなくなるほど、ばあっと涙が溢れた。
顎を伝い、ぼとぼとと、ホームに黒い染みを作る。
嗚咽で何も言えず、プレゼントのタオルを差し出すと、怜央の唇が頬に触れた。
耳も目も、もう何も感知しなかった。体がゆっくりと離れたのが、風の流れでわかった。
ぐにゃぐにゃの視界の片隅、彼はドアの中で手を振った。
買ったばかりの入場券で、改札を出る。待ち合わせ場所のようになっている柱の下に、予期せぬ人が待っていた。
「お姉ちゃん」
こちらに気づくと、小首を傾げ、笑顔を見せる。
「心配しすぎ」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、抗議すると、
「だねえ。……さて、強くなるために、パフェでも食べよう」
と背中を叩かれた。
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