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身内の恥部を打ち明けて、気持ちが落ち着いたのだろう。帰り際の江利子の表情が、ずいぶん柔らかくなっていた。
玄関先で足を止め、もう一度振り返る。
「鎌田くん……。私のこと、どう思ってる?」
江利子はそう言って、ボクの肩におでこを押し当ててきた。
もともと、嫌いになって別れたわけじゃない。ボクの不徳で、関係が破綻しただけだ。今でも、心が揺らいでしまうことがある。
「心臓の音が聞こえるよ……」
江利子が、小声で囁く。
確かにボクの心臓は激しく脈打っていた。それはそうだ、江利子の肩口から和久井がのぞいているからだ。剥き出しの目玉が、真っ赤に充血している。
「遅くなっちゃうよ……」
ボクは江利子の両肩をつかむと、そっと引き離した。
情報の多い広島の碧島はともかく、熊本にある粟島のリスク評価がうまくまとまらない。
「もう一度、行かないとダメかな……。おまえ幽霊なんだからさ、一飛び、熊本まで行けないの?」
『おまえに取り付いているんだからさ、せいぜい半径5キロ、そんな遠くまでは、離れられないんだよ……』
和久井は、剥き出しの目玉をギョロギョロと動かした。
「ところでさ、最初現れたときより、何か凄くなってないか?」
和久井の皮膚がドス黒く変色し、ひび割れている。だいぶ見慣れたが、それにしても凄い顔だ。
『あぁ、なんか少しずつ崩れているみたいなんだよ。霊体でも腐敗するのかね……。このニット帽を脱いだら、どうなっちゃてるか……』
「あぁ、脱がなくていいから!」
ニット帽に手をかけた和久井を、ボクは慌てて押し止めた。
早乙女から連絡が入ったのは、そんなふうに2人が煮詰まっている時だった。今から事務所に来るという。
ちょうどいいタイミングだ。魚住コンサルティングとの付き合い方を考え、早乙女の実力をみるいい機会になりそうだ。
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