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ボクを招き入れるなり、魚住はボクの腕を強く握ってきた。眉を寄せ、困惑の表情を作ろうとしているが、口元は緩んでいる。当たり前だ。どうせ心の中で、ボクのことをあざ笑っているに違いないのだから。
早乙女は、もっと失礼だ。まるでボクの存在を無視するかのように、デスクから立とうともせず、パソコン画面から目を離さない。
「あんたたちは、何なんですか!」
ボクは、魚住の手を振り払った。盗人猛々しいとは、こういうことだ。
「まず、ボクの渡したファイルを返してください!」
「ちょっと、落ち着いて! 早乙女くん、鎌田さんに、お茶を差し上げて!」
口ではそう言うが、魚住はボクに椅子もすすめようとしない。要するに、早く追い返したいのだ。
「鎌田さん、もう少し大人になりましょうよ……。場合によっては、この仕事を手伝ってもらうという選択肢もあるんですから……」
「バカにするな!」
今までの人生で、これほど愚弄された経験は無い。ボクは、思わず魚住の襟首をつかみ、捻り上げていた。
「あぁ、格好悪い!」
ずっと黙っていた早乙女が、ボクと魚住の間に割って入った。
「こういう言い方、したくないんですけど、威力業務妨害で訴えますよ!」
早乙女は、本当にさげずむような視線をボクに向けている。ボクを誑かしたのは早乙女の方だ。でも、暴力に訴えようとしている自分の姿は、負け犬そのものだった。
今さら、手の打ちようがないことは分かっている。でも、和久井と手がけた最後の仕事を、こんな形で失うことになろうとは……
「どうぞ、お引き取りください……」
魚住は乱れたシャツを直しながら、ボクを玄関に促した。
ボクは、もう反抗する気力を失っていた。魚住に背中を押されるまま、ヨタヨタと玄関に向かって歩き出す。
辺りが突然、暗くなった。
「あれっ?」
玄関の照明が消えたのだ。
「何だよ、LEDに替えたのに、もう切れたのかよ……。あっ、鎌田さんは気にせず、お帰りください……」
ボクを外に押し出した魚住は、音を立てて玄関の扉を閉めた。
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