1 告別式

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 壁のシミに気付いたのは、和久井の告別式の日だ。テレビの上の白壁に、薄すらと丸いシミが浮き出ている。  帰ったら擦ってみるか……  ボクは、黒いネクタイの結び目を締め上げ、木珠の数珠を上着の内ポケットに滑り込ませた。  和久井と出会ったのは、大学生の時だ。イベントサークルで意気投合したボクらは、3年後、イベント企画会社を立ち上げ、学生起業家になった。  軟派なボクと違って、和久井は無骨で真面目な男だった。見た目も地味であか抜けない。とてもイベントサークルに入るタイプではなかった。  聞くところによると、通っていた自己啓発セミナーで、自分を変えるための大学デビューを勧められたそうだ。  でも和久井は、仕事をする上で、特筆して優秀な男だった。ボクが適当に考えたアイデアを、収益があがる形に練り直すことができる。あとは二人で計画を具体化し、出資者を募り、イベントを開催するだけだった。  最初に手がけたのは、村おこしを兼ねた、謎解き脱出ゲーム。自治体側には、場所と住人を提供してもらい、シナリオ通りの演技をしてもらう。  不思議なもので、住人の演技が素人くさいほど、ゲームの参加者は裏側の意図を勘ぐってしまう。その推理のずれが、ゲームの謎をより難解にしてしまうのだ。  舞台設定としては、その土地がひなびた土地であればあるほど、ゲームのリアリティが増す。殺人事件にしろ、土地特有の風習にしろ、まるで異界に迷い込んだような倒錯を味わうことができるからだ。  SNSで募集した参加者は、ゲームの後、村に宿泊してもらい、村のPR役を担ってもらうことになる。  この企画で、今まで十件以上のイベントを開催してきた。  その他、都内の複合施設を使った、まるごとお化け屋敷計画。店子には通常営業してもらい、思わぬところで怪奇現象がおこるという仕掛けだ。  定期的に開催されるのが、電脳ラップバトル。ゲーム会社とタイアップし、ラップのできる音声ソフトを開発。六本木のクラブで、本物のラッパーと勝ち抜きバトルするイベントだ。  大小様々なイベントを企画し、それなりの成功を収め、順調に人脈を築いてきた。  そして直近の計画は、無人島を購入し、参加型アミューズメントパークを造ること。資金も規模も、今までで最も大きい事業だ。候補地を広島と熊本の2カ所に絞り、計画が軌道に乗りかけた矢先の事故だった。
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