5 粟島の秘密

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 熊本といえども、12月の海風は冷たい。沖に出るにつれ、波が高くなっていった。浮遊感と圧迫感が繰り返し襲い、次第に気分が悪くなる。波頭の飛沫が、容赦なく頬を濡らす。  一年前に来た時は、もっと凪いでいた。同じ熊本の海でも、全く表情が違う。 「ずいぶん荒れてますね……」 「なんちゅう顔ばしとるんと? こぎゃん波ば、いっちょん荒れてるうちば入らんばい!」  船頭が、また白い歯を見せた。 「ここらん漁協じゃ、おるん操舵が一番だけん、まあ任しとってくれん!」  確かに船頭は、高い波を上手く捕まえているようだ。船は海面を滑るように進んでいく。  結局、ボクの胃が限界を迎える前に、船は粟島の入り江に入った。船頭が豪語した通りだ。入り江には小さな桟橋があり、そこから砂浜が広がっている。 「あれー、誰か直したとやろうか?」  確かに真新しい板が、桟橋に渡してある。去年来た時は、海水にさらされた板がところどころ腐り、まるでトラップのような具合になっていた。案の定、和久井が板を踏み外し、靴とズボンを濡らしてしまったことが思い出される。 「2時間ぐらいで戻ってくるんで、ここで待っていてもらえますか?」 「はいはい、もだえんでよかばい!」  船頭はタバコに火をつけ、うまそうに燻らせはじめた。  もだえんって、どういう意味かな? ボクは右手を挙げ、桟橋から砂浜に飛び降りた。それにしても、まず船着き場の整備が必要だ。このままでは、建材の運び込みができない。  しかし、島の様子が去年とだいぶ違う。まず、入り江の周りを覆っていた雑草が、きれいに刈り取られている。まるで、頻繁に人が渡ってきているような印象だ。買い手であるボクらの印象を、少しでも良くしようという魂胆か?  ボクは、鬱蒼と繁る林の中に、どんどん分け入っていった。 「あれっ?」  5分ほど歩くと、突然常緑樹の雑木林を抜ける。そこが一反ほどの空地になっていたのだ。どうやら、何かを栽培した畑の跡地に見える。  その空地の端に、青屋根のプレハブ小屋が建っていた。 『あんな小屋、あったかな?』  地面から浮かび上がるように、和久井が姿を現した。  昼間見る和久井の顔は、ことさら凄絶だ。心霊だから、腐敗臭はしない。しかし、皮膚がすっかり乾ききり、ミイラ化した姿が厳かですらある。
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