1 告別式

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 最寄りの駅から斎場まで、銀杏並木が続いている。11月半ば、陽の当たるところはすでに黄色く色づき、根元に散らばった銀杏の実が、特有の臭気を放っていた。  葬儀開始まで30分以上ある。祭壇の前にいるのは、和久井の妻、江利子ひとりだけだった。親族はまだ、控え室で待機しているようだ。  江利子は、憔悴しきっていた。束ねていた髪が解れ、目の下に隈ができている。  ボクに気付いた江利子は、ハンカチで目頭を押さえた。 「鎌田くん、私どうしたら……」  江利子は、イベントサークルの1年後輩だ。2年間の交際を経て、去年、和久井と入籍したのだった。  じつは短期間だが、ボクと江利子は付き合ったことがある。ボクの一目惚れだ。サークルに入ってきた江利子を見て、すぐに交際を申し込んだ。とにかく好みのタイプだったのだ。  当初は適当にあしらわれていたが、酒席が多いサークルのこと、いつの間にか、ベッドを共にする仲になっていた。その事実は、もちろん和久井も承知している。ボクと別れたあと、江利子の愚痴の聞き役をこなしているうちに、恋人に昇格したのだ。  別れの原因はボクの浮気だ。派手な付き合いが多いイベントサークル、当然誘惑も多い。酔いにまかせた出来心で、その日出会ったばかりの相手と、一夜の過ちを侵してしまったのだ。  それがばれてしまった情況が最悪だ。何しろ、合鍵でボクのアパートに入ってきた江利子が、ベッドの枕元に立っていたのだ。 「ボクに出来ることがあれば何でも……。でも正直、ボクも途方に暮れているんだ。新しい仕事が、動き始めたばかりだし……」  途方に暮れているのは、江利子の方だと思う。25歳で夫に先立たれ、夫の仕事のパートナーが、こんなに頼りがいがないのだから。  こんな時、仕事の話を出すのは不謹慎だ。でも、仕事が軌道に乗ってきたのは、和久井の力に寄るところが大きい。残された江利子を経済的にサポートするのは、当然の責務だと思う。  とにかく、ボクは混乱していた。和久井の死は、それほど唐突に訪れたのだった。
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