5 粟島の秘密

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5 粟島の秘密

 阿蘇カルデラを左眼下に、機体が大きく旋回する。数分後、ボクは熊本の地に降り立っていた。  阿蘇くまもと空港の木の香漂うターミナルビルは、いかにも旅情をかき立てる。  1年前、和久井と2人で現地調査に訪れた時は、まだ至る所に震災の爪痕が残っていた。2日間滞在を延ばし、被災地を巡ったボクと和久井は、何ともいえないもどかしさを感じていた。でも、心の傷が癒えるように、街もまた、再生していく。  何度も通うことになるであろう、この街の力強いエネルギーが、ボクらの計画とうまくリンクできれば、想定外の効果が生まれそうだ。  リムジンバスが熊本タウンに入った。威容を誇るのは、熊本のシンボル熊本城の大天守だ。すっぽりと半透明のシートで囲われ、周りに足場が組まれている。元の姿に戻るために、しばし蛹に籠もる蝶のように思える。  ボクは、熊本交通センターでタクシーに乗り換え、そのまま八代海に向かうことにした。時計はすでに12時を回っている。せっかくの熊本なのに、昼食はコンビニで買ったおにぎり3個だけだ。  夜は、馬肉を堪能しなくちゃ……  タクシーは、国道を快調に飛ばしていく。1時半頃、ボクは小さな漁村にいた。この場所から漁協に手配してもらった船に乗り、粟島に渡るのだ。急がなければ、戻ってくる頃には日が暮れてしまいそうだ。  粟島の姿は、肉眼でも確認できる。沖にぼんやりと浮かぶ、お椀型の島影が目的地だ。 『懐かしいな!』  耳の奥で、和久井が囁いた。ここに1人で戻ってくることになろうとは。1年前のボクらには、想像もつかなかった事態だ。  いや、2人で戻ってきたといえば2人かな…… 「あた、東京からわざわざ、こぎゃん寒か時に、粟島を見に来たんと? そりゃご苦労さん!」  海焼けした船頭が、白い歯を見せて笑った。今日初めて耳にした、熊本弁らしい熊本弁だ。 「2時は、だいぶ過ぎちゃいますか?」 「うんにゃ、おるの船ば馬力があるけん、30分かからんばい!」 “多幸丸”船の名前だ。船頭の言葉とは裏腹に、船はオンボロで、とても速く走るとは思えない。  船頭がエンジンをかけた。激しい振動で、船底の板が跳ね上がる。油の刺激臭が鼻を突き、船は左右にぐらつきながら桟橋を離れていった。
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