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でも彰はこっちを見てくれない。視線を床に落としたままだ。
僕は立ち上がり、彰の前に立った。
彰は驚き僕を見上げた。僕はさらに近づき彰の肩に手を乗せた。
「なに?」
彰が怪訝な顔をする。
彰の顔を近くで見た。
この前会った時よりも少し痩せた気がする……。顔色も良くないし無精髭も彰らしくない。固い髭に触れるとチクチクした。彰がさらに驚いた顔をした。
そっと両手で彰の頬を包んだ。
するとさっきまで言おうとしていた言葉を忘れてしまった。
小説家のくせに咄嗟にうまい言葉が出てこないなんて。
見つめ合う彰の目には僕の決心が見えているだろうか?
僕は意を決して、そっと顔を近づけた。口の端にした小さなキスに彰は動かなかった。
くっつきそうな程の至近距離で僕らは見つめ合うと今度は首に手を回し、長く、唇を合わせた。
「どうして?」
両手で彰の右手を握る僕の手を見ながら、彰は唇を震わせ泣きそうな顔をしている。
「お前がそんなことしなくていいのに……」
なんでそんな辛そうな顔をするんだろう……?
胸がまた締め付けられる。
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