友人の距離

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友人の距離

 僕らはよく、都内のある小さな喫茶店で会っていた。  艶のある木目調の床と黒革が張られた椅子。天井からぶら下がる電気ランプ。外は炎天下なのに店の中は季節や天候などまるで関係ないかのようにゆったりとした時間が流れている。  カウンターでマスターが入れるサイフォンコーヒーの香りがこの店の雰囲気の全てを作り出していると言ってもいい。 「書けない?」  (あきら)は大きな手でカップを持ち上げ、ブラックのコーヒーを飲みながら僕に聞いた。 「うん。僕はもう書けない。もう小説家を返上するんだ」  僕は泣き言を言いながらアイスのカフェオレをストローで飲んだ。  そんなことできないくせに……。  ただ頭に浮かんだ光景を文字に変えてやる前にそれらが消えてしまうんだ。それに歯止めをかけることができない。僕の指にそれが伝わる前に消えてしまうんだ。泡のように。  落ち込む僕に「どうしたんだよ」と彰は優しく笑ってくれる。  彰には人の欠点や劣等感を包みこみ消化してしまうようなそんな力があると僕は信じている。だから僕は彰にだけは弱音が吐けるんだ。  僕の職業は小説家だ。     
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