第4章 病院からの電話【中年語り】

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第4章 病院からの電話【中年語り】

会社を定時で終えた僕は、いつものように家に帰ろうとしていた。 中間管理職のアフターファイブ。 居酒屋でにぎやかに過ごすのが今も定番なのだろうか。 とにかく僕は、そんな暮らしとは程遠いところにいることだけは確かだ。 駅が見えてきた時、急に電話が鳴った。 妻が長く入院している病院からだった。 「市民病院内科の中田と申します。佐々木様の携帯電話でしょうか?」 「はい。」 「あの、佐々木あき様の容態が急変しまして、できるだけ早くこちらに来ていただけないでしょうか。」 「え!あ、はい、すぐ参ります!」 市民病院は、この駅から自宅方向とは反対方向だ。 いつもと反対の電車に乗れば、10分足らずで着く。 この時間、道路はとても混雑するから、タクシーよりも電車がスムーズだと判断した。 すぐいつもと反対の電車に飛び乗るはずだった。 しかし、無かったのだ。 財布がまるごと見当たらないのだ。 電車に乗るために十分チャージしておいたカードも財布の中だった。 会社まで戻って探すのにも、時間がかかりすぎるし、確実に財布が会社にあるかどうかもわからない。 とにかく、今は病院に行きたかった。 頭が混乱して、何をどうすべきかわからなくなっていた。 無我夢中で何度もバッグの中をあさって、財布を求めた。 妻のもとへ、飛んで行きたかった、今すぐ。今すぐに。 その時、急に若い男性から声をかけられた。 「どうしたんですか?」 「ああ、財布を置いてきたのか、無くしたのか、見当たらなくて。。とにかく、今急いで病院に行かないと行けないんだけど、参ったなあ。。」 その時はもう頭の中がパニックで、その時何が起こったのか正直よく覚えていないのだが、 その青年が、千円札を差し出してくれ、これで足りるかと言ってくれた。 いいことに使うべきお金だから使ってくれと言い残し、 千円札を俺のポケットにねじ込んで、来た電車にサッと乗りこんで行ってしまったのだ。 呆然としてしまったが、とにかく頭を下げ、このお金を使わせてもらい、市民病院へ急いだ。
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