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「勝ったやつが駄菓子食べ放題って約束をしてたからさ、やった、と思った。ところが、塚本が森に真のエンディングの内容と俺がクリアしたことを喋ったら、森は――」 今度は、森がたじろぐ番だった。 「ノロテツなんかに、できるわけないって、意地でも認めなかった」 ――ノロテツ、テツ、テッちゃん、(てつ)。 「あっ……」 佐藤哲。 それが、彼の名だ。 「もう一人」の。 稲荷山の記憶の中で、その少年の姿がフラッシュバックする。 ――おいノロテツ。 ――ノロテツはやめてよ。 ――ノロいからノロテツだ、文句あるか。 いつも森に、いじられていた。 いや、そんなぬるいものではない。 ――ノロテツの上履き隠してやった。泣いて探し回ってやがんの、面白え。 ――さすがにそれ、やりすぎじゃない? ――は? なんだと? ガリ勉。 指先が冷える。 どす黒い記憶だ。 罪悪感をともなう、苦い思い出。 次の日から、森と塚本が自分を無視するようになった。 つらかった。 だから――逆らうのは、やめた。 塚本も同じだ。 ――おいブテン、ノロテツ転ばせてこいよ。嫌だ? ブタのくせに。 森の仕返しが怖くて、言いなりになっていた。 ノロテツ――佐藤哲を生贄にすることで、自分達は結びついていた。 佐藤哲は、6年生の途中から自分達を完全に避けるようになった。 卒業するころには会話もしなかった。 忘れたい記憶だった。 だから――忘れたのか。 店長――佐藤哲は、「では、どうぞごゆっくり」と何の感情もこもっていない決まり文句を述べ、部屋を出ていった。 扉の閉まる音が、胸の奥を締め上げた。 誰も言葉を発しない。 稲荷山が意味もなく手元に目を落とすと、割り箸の袋に、「玄兎」は月の異名である、と書かれていた。 【了】
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