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「どこの世界でもコンプラとネゴは大事っしょ。あ、俺次はハイボールにしようかな。ハカセは?」
「これと同じもので」
稲荷山は、次第に居心地の悪さを感じてきた。
初めの、旧友に再会した懐かしさやある種の安心感のようなものと、そのあとのやりとり、そして何よりも記憶の奇妙な食い違いが、不協和を起こしかけていた。
森は「もう一人」などいないと言う。
すると、塚本が嘘をついたか、勘違いをしているということになる。
だが、自分の曖昧な記憶でも「もう一人」の存在が朧気に浮かび上がってくる。
名前はおろか、顔かたちさえ思い出せないのではあるが、2人の人間が同じ勘違いをするということは考えにくい。
ならば、森の方が記憶違いをしているか、あるいは意図的に嘘をついているか。
後者だとしたら何のために?
結局、3人の記憶がどれもあやふやである、という以上の推論はできそうにない。
「……もう一人、か」
思わず声に出していたようで、森は「まだ言ってる」と笑った。
「それさ、お前のイマジナリーフレンドじゃないか?」
「イマジナリーフレンド?」
「想像上の友達のことだな。子どもにはよくあることらしいぜ」
「つまり、実在しない?」
森はうなずく。
そう、なのだろうか。
「もう一人」は、実際には存在しない架空の少年だったのだろうか。
小学生だった自分が脳内で幻の友達を作り出し、そのため名前も顔も思い出せずにいるのか?
「おっ、おかえりー」
急にワントーン明るい声で森が言い、塚本がのっそりと扉を開けて入ってきた。
その変わり身の早さに呆気にとられる。
これが世故に長けている、というのだろう。
稲荷山にとっては、自分に足りないと自覚している点で、若干の羨ましさも感じた。
塚本は、森のこういうところに気づいているのだろうか。
昔から何を考えているのかよくわからない男だったが、決して愚鈍ではないと思っていた。
その塚本が、最初にゲームをクリアしたのは森ではない、と言い出したのは、はたしてイマジナリーフレンドなるもので説明できるのだろうか?
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