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「そうじゃなくて、謎解き競争にもう一人いたんじゃないかって」 「何言ってんだ」 森は座布団に腰を下ろして、薄気味悪そうに稲荷山を見た。 「俺と、ハカセとブテンの3人で約束したんじゃん。最初に犯人がわかって真のエンディング見たやつに、駄菓子屋で食べ放題おごるって」 「駄菓子屋で食べ放題?」 「ああ……」 今はもう潰れてしまったが、当時は小学校の近くに駄菓子屋があって、30円や50円で買える色鮮やかな菓子のほか、メンコ、ピンぼけした芸能人のブロマイドなどが売っていた。 子どもの目には、宝の山に見えた。 見事に名探偵となれた者には何でも好きなものをおごる、という約束は、いかにも当時の自分達らしく思える。 しかし―― 「じゃあ、俺達2人で森におごった、んだっけ?」 まったくその記憶がない。 「忘れたのかよ? まあそうだよな、昔のことだもんな」 森は冷めたフライドポテトに手を伸ばし、今度は「俺もトイレ」と塚本が立った。 なんとなく稲荷山も同じポテトをつまむと、森はちらと空座に視線をやり、「あいつ、最近離婚したんだよ」と声を潜めた。 「そうなのか?」 彼のフェイスブックの投稿は仕事の話や食べ物の写真ばかりで、結婚しているかどうかも稲荷山は知らなかった。 森はポテトを次々口に放り込んでいく。 「そ、ブテンの浮気が原因」 「えっ……」 正直それはだいぶ予想外だったというか、稲荷山が持っている塚本の面影とはかけ離れていた。 「元嫁、高校の同級生だったんだけど、有名大出てバリバリのキャリアウーマンでさ、仕事が忙しいからって家のことはやらないし、子供もまだ欲しくないとかで自分勝手だって、あいつよく愚痴ってたんだよな。で、うまくいかなくなったころに、バイトで雇った女の子と不倫して」 なんと言ったものか、稲荷山にはわからなかった。 「嫁の方じゃ、あいつがろくに話をしないのがいけないって思ってるみたいだな。確かにコミュニケーション能力低いしな、あいつ。学歴だけじゃなくて」 長年の付き合いの相手を突き放した言い方にどう反応したものか困惑し、稲荷山はやたらと丁寧におしぼりで手を拭いた。 「昔から、不満があっても口に出さないで相手が気づいてくれるのを待ってるだろ? そういうとこ、イラッとすんだよな。ぶっちゃけ、不倫する甲斐性があったってのも驚きだよ」 「……人事査定が厳しいな」 かろうじて、そうコメントした。
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