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炬燵輪舞
目の前にいる男はYシャツにネクタイを緩くかけ、気怠そうに出勤前にこう宣う。
「あ、ハナ、俺別れるから」
十年一緒に暮らした屋久志信は、無表情にそう言い放った。
まるでそれは、玄関を出る際に「今日飯いらねぇから」と言い残すかのようなフランクさで、青島花栄は絶句する。
一月の寒い夕方、仕事から帰って来た花栄は、持っていた鞄をコントの様にドサリと床に落とした。
目を剥いて振り返った先には、面倒臭そうにネクタイを締める志信が鏡越しに花栄をチラリと見る。
「なっ……」
「何言ってんの? って、言葉通りだよ」
「どっ……」
「どうしてって? 別れたいからだよ」
「いっ……」
「嫌とか言われても、俺も嫌だし」
「まっ……」
「待たない。譲歩する条件は……まぁ、自分で考えろ」
イントロクイズは全問正解。
長年連れ添った夫婦が「おい、アレとって」で通じる阿吽の呼吸と言うヤツだ。
それもその筈、志信とは十二年付き合い、同棲して十年になる。
じゃ、といつもの調子で家を出た志信の背中を花栄は無言のまま見送った。
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