こたつの囚人

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それゆえに今は油断を誘う。そんな派手な行動をしても不審がられないほどの油断を。 そして、時は来た。 「ただいまー」 なにも知らない能天気な父の声。 「なんか玄関に蜜柑あったけど?」 「それ幸也の友達が持ってきてくれたの。ねぇ、あなた、一つ剥いて私にあーんしてくれないー?」 清々しいまでの猫なで声。これに嬉々と応じる父も父だ。しかし、ここが勝負。 父は立ったままテーブルとこたつの間で蜜柑を剥き始める。 届く、父の席から。片足をこたつに残しつつ、あの蜜柑を拐える距離! 潜水……! こたつの熱気の中へ。 そして急速で出る!父の目の前、蜜柑との距離僅か1メートル強!体を立たせ、右腕を伸ばし、そして───。 何かが俺の足を蹴り飛ばした。 「あ」 気づいたときにはもう遅い。 こたつ内に唯一残した軸足を払われ、無様に転倒した俺は、その身まるごと、こたつからはみ出していた。 やられた。やつに。 やつは読んでいた、ここまで。全てを。 「おいおい幸也、大丈夫か?しかしお前の友達もなんというか。わざわざあんなにうちに余ってる蜜柑を持ってこなくてもなぁ」 その時、再び俺の背筋に悪寒が走った。 余ってる?なにが?蜜柑が?余ってるだと……!? 「テーブルの上に出したのは箱の中からほんの数個だけよ。だって箱ごとじゃさすがに見栄え悪いじゃない」 やつがいけしゃあしゃあとのたまう。 「じ、じゃあ父さん、蜜柑買ってないの……?」 「はあ?買うわけないだろ、あんなに余ってるのに」 完敗だ。すべてやつの手のひらの上。 俺が黒田に蜜柑を持ってこさせ、家に入れない黒田が蜜柑を置いていき、父がそれを取り、俺がそれを強奪しようとするところまで。 すべてやつのシナリオ通り。 完敗だ。 俺はこの日自身が一生かかっても母には勝てないことを悟った。 しかし、明くる年のバーゲンの時、俺は思い知らされた。俺との勝負はやつにとってほんのお遊びでしか無かったことを。 ああ、なんとも 母は強し。
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