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「あぁ!?」男の声は怒号に変わり、目線は盲目にでもなったかのように僕をとらえていなかった。首をグラグラと揺らしながら、おぼつかない様子のまま便座から立ち上がると、絡まったコンセントのような足取りで僕に向かって歩き出した。
思わず後じさり、彼の進行方向から立ち退く僕。彼は湿った地面に倒れこんで、震えた両手で体を支えたまま僕を睨みつけた。
「俺ぁのお年玉を奪おぅってんだろ?」
「そんな、僕はただ……」
「おれぎゃあおとしだまてにぃれるのにゃあどれ程苦労したたぁ思ってんだぁ? ほしきゃら金もってこい、金をよぅ!」
そのあとにも何か罵倒の言葉を叫んでいたようだが、とても聞き取れなかったので、「持ってきますよ」とうそをついてトイレを後にした。お年玉が買えるような大金を用意する事は、きっと僕には無理だろう。
僕は気を取り直して孝弘兄ちゃんの家に向かうことにした。多分、彼が最後のよすがになるだろう。公園から孝弘兄ちゃんちに着くまでは、10分とかからなかった。
彼が住む2階建てのおんぼろアパートのらせん階段を上る。錆びた鉄の階段には、僕の足音がよく響いた。
横に長く続いている廊下の、奥から二番目の扉が孝弘兄ちゃんの住む部屋だ。僕がドアベルを鳴らすと、中からドスンドスンと重たい足音がしてきて、すぐに扉が開いた。
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