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60度ほど開けられた扉の隙間からは、見る影もないくらいブヨブヨに太った孝弘兄ちゃんが出てきた。「太郎? どうしたんだい急に」という彼の声を聞いて、初めて孝弘兄ちゃんであることが認識できたくらいの変貌である。
「ぼく、孝弘兄ちゃんが持ってるお年玉が見たくて来たんですけど、……というよりどうしたんですか」
僕が尋ねると彼は「ん?」と困惑の声を漏らし、やがて僕の視線の先に気づいて、出っ張った腹太鼓をおおきく鳴らした。
「これは正月太りってやつだよ。お袋が切り餅を大量に送ってきたもんだからさ。太郎も食う?」
「いいえ僕は……」
本当は少しお腹がすいていたが、それを食べると孝弘兄ちゃんみたいに自分も太ってしまう気がして、断ってしまった。
「あぁ、そっか。ここに来た理由はお年玉だったな」
「はい!」
「お年玉はな……」
僕は目を輝かせながらお兄ちゃんを見つめた。まだ半日と経ってはいないが、ここまでの道のりを思い返してみれば、すごく長い時間だったように感じる。次に孝弘兄が口を開こうとしたときには、期待で心臓が破裂しそうだった。
「お年玉は──無いんだ」
「──え?」
一瞬にして時が崩れさった気がした。三人称視点で自分が崖から突き落とされるのが見えた。
「ほら、俺去年に成人したからさ……お年玉はそれまでだって」
「じゃあここにお年玉は……」
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