届かぬ声

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こちらへ向かって来ていたのはアラン様であった。 シャルン様の姿を見つけると、とても嬉しそうな表情を浮かべている。 すぐさまシャルン様の腕にソッと触れるアラン様。 「酷いですわ、シャルン。ギルから逃げて参りましたのよ」 アラン様はそう言ってシャルン様の腕に頬を近づけ、悲しげに若葉色の瞳を細めた。 不意に私と目が合う。 彼女の若葉色の瞳が驚きにより少し見開いたのが分かった。 けれど哀れむような笑みを浮かべ、 「……リィーラ様、ご無事で良かったですわね。心配していましたのよ」 静かな口調で言うアラン様の瞳が、必死に私を見つめている。 恐らく私がシャルン様と二人でいたことに疑問と嫉妬心を抱いているのだろう。 私は息を飲んだ。 「シャルン来てくださいませ」 私へと視線を外し、シャルン様の腕を軽く引っ張るアラン様。 シャルン様は相変わらず無表情であったが、嫌がる様子もなく彼女へ連れられていく。 チクリと心が痛む。 私には出来ないことだから。 シャルン様の腕を掴むことも、触れることも。 肩がほんの少し触れるだけでも幸せなことだから。 「……後で行く」 私が顔を背けていると、聞こえてきた涼しげな低い声。 ハッと顔を上げるとシャルン様がこちらを見ていた。 私に向けて言った言葉だと分かり、私は小さく何回も頷くようにして応えてみせた。 嬉しかった。 シャルン様が後で私の元へ来てくれるのだ。 自分の部屋へと戻り、シャルン様がこの部屋へ来るのを待った。 アラン様と一緒にいるのは分かっている。 何よりアラン様がシャルン様との婚約が決まるのも時間の問題だ。 そう考えるだけで心が張り裂けそうだ。 「……シャルン様」 私はシャルン様がこの部屋へ来るのを待った。 何時間経っても、ずっと。 けれど、その日シャルン様が私の部屋に来ることはなかった。 ーー後日聞いたのだが、シャルン様はアラン様と共に過ごしていたそうだ。 私にシャルン様を責める権利はない。 理由を聞く権利もない。 ただ、私が勝手に舞い上がっていただけだから。 そう。ただ、私が勝手に自惚れていただけーー
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