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「うん? それは引越し蕎麦かな」
彼が一歩、歩み寄る。ふわりと喫茶店で嗅いだ複雑ないいにおいがして、思わず息を止めた。
頭の中は真っ白で、早くドアを閉めてしまいたいのに、男はなかなか乾麺を手に取らない。
「僕はルイだよ」
そこでようやく、自己紹介を求められていることに気づいた。まともに目を合わせることも出来ずに、あわあわ口を開いて、早口で、しかも小声でなんとか喉から音を漏らす。
「まま、まなか……間中一です」
「ふうん。よろしく、お隣さん」
ルイと名乗った男は満足したのか、やっと俺の震える手から乾麺を受け取る。俺は逃げるようにドアを閉めた。
「はあ……、はあっ、はあ……」
玄関にそのまま腰を抜かしたようになって、ドッドッと大きく耳に響く自分の鼓動を聞きながら、震える冷たくなった手をぎゅっと握った。
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