970人が本棚に入れています
本棚に追加
関係者全員が知っていただろうに、あえて伝えなかったことに苛立ちを感じながら、けれど目の前で優雅にくつろぐ隣人に文句も言えない。なぜなら目を合わせた途端に、昨日と同じくまともに話せないことが分かっているからだ。
「その様子だと大家から受け取っていないんだな。あとで文句の電話をしてやろう。君には後ほど改めて隣人協定を進呈するから、しっかり読んでサインするんだよ。ところで……君の名前は、正式には何なのかな」
「え」
「昨日はね、どうも怯えているようだったからほとんど聞き取れなかったんだ。ドアも開けたくないようだったし、もしかして部屋に動物でもいるのかなと期待したんだけれど、何もいないね」
男はそれでもまだ疑っているのか、ベッドの下を覗いたりして姿なき動物を探している。当然なにも飼っていない。
「ま、間中、一」
「ハジメ君。よろしく。君は何だい? 見たところ遊民かな」
「遊民?」
聞きなれない言葉をオウム返しにすると、男はウンウンと頷いた。どうやら肯定と受け取ったらしい。
「僕は近くの研究所で実験物理の研究をしているんだけれど、君には理解できないと思うから詳しいことは話さなくてもいいね」
「え、あ、ああ」
確かに、多分俺は理解できないだろうけれど、なぜほとんど初対面でここまで言われるんだろう。強く言い返す勇気もない俺は変に唸るだけで終わった。
その時になって、彼が尋ねたのは職業だと気づいた。
「俺は、ウェブデザイナーです。その……在宅の」
最初のコメントを投稿しよう!