第三章

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 その瞬間、ルイはピクリと止まって眉間に皺を寄せる。 「五階?」 「ああ……知り合いの店だったか?」  まさかここに来て帰ると言い出しかねない雰囲気に、一気に焦りだすが、ルイは首を振って頷いた。 「いや、違う。さあ、行こうか」 「あ? エレベーター動いてるけど。すぐ来ると思うし」  歩き出したルイはなぜかエレベーターを通り過ぎて、非常階段のマークがついたドアに向かう。俺がその後ろ姿に声をかけると、彼は振り返りもせずにそのドアノブを掴んだ。 「僕はエレベーターを信用していない」 「なんで」 「閉じ込められたら最後だ。落ちたら死ぬしね」 「五階だぜ?」 「五階といえば大抵は地上から十二メートルだよ。三階なら運がよくてセーフもありえるけれど、五階から落ちたら完全にアウトだ。それに、そう言うなら五階くらい階段を使ってもいいんじゃないかな」  ルイは言い出すときかないし、俺だけエレベーターを使う勇気もないので、ため息をついてすぐその後ろを追いかけた。 「あんたエレベーター怖いの。まじで」 「最近思うけど君は妹のフミ君と非常に似ている。お互い口癖が「まじで」だ。しかも通常の使い方とは違い最後に使う。まじで」  前を歩く彼は俺が面白がっているのが気に入らないのか、エレベーター嫌いがばれたのが恥ずかしいのか、つんとして階段をカツカツいわせる。その反応も面白くてにやにやしながら歩いていたが、その余裕も三階までだった。 「ちょ、ちょっと……まって、まじ、頼む……」  息が上がって、死にかけているハムスターみたいなヒューヒューした呼吸を繰り返すと、さすがにルイも止まってくれた。
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