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「この感じ…」
かれこれ1年ほど繰り返しているので、安藤和夫は、大して驚く事もなく冷静だった。
「今日は、階段の踊り場かよ。」
最初は、公園の砂場だった。それから商店街の市場や、町の役場、繁華街の盛り場、温泉の洗い場だったりした。先週は、とんでもなく危険な岩場で目覚めて股間がキュッとした。とにかく目覚めたら、どこかの『場(ば)』にいる。
現実でないが夢とも違う気がする。怖くもないが、そろそろ目覚める『場』がなくなるんじゃないかと少し不安になっていた。そして、このループがいつ終わるのかも分からない。
今日の踊り場は、いつもと違っていた。いつもなら目が覚めると独りだが、踊り場には、女がいた。
「アンタ、誰?」
「ババ…です」
「えっと…ババ…?」
「あ、ババァではなくて、ババです」
「馬場さん?」
「はい」
なんだか、この『場』に居ても不自然じゃない名前だと感心した。
「で、なんでいるの?」
「穴場にお連れしようと思いまして」
「すげぇ !」
この世は『場』で溢れてる。
目覚める『場』は、思い出の場だ。一瞬で懐かしい思い出が現れて、消えたと同時に元いた場所に連れ戻される。ずっとその場に居たい気持ちになるのだが、『場』は、それを許さない。
踊り場から階段を降りていく馬場の後を付いて行った。次の場が気になって、前をいく馬場に聞いてみた。
「そろそろ残ってないんじゃないの?」
「は?」
「場」
「そうですね。今日が最後ですね」
そう言って、馬場はニッコリ笑って指差した。そして、優しく言った。
「どうも、お疲れ様でした。」
「なるほど…最後だね。」
目の前には墓場が広がっていた。
行き場(生き場)がなくなると墓場に連れて行かれる。そして、1年ほどかけて見ているように思っていたのは、たぶん一瞬の走馬灯だったのだ。
そういえば、あの踊り場から落ちたんだ。
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