最後に

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腰を下ろした彼女は、何も言わずに眼下に広がる夜景を見つめた。 何を言っていいか分からない私も、逃げるように彼女と同じ方向に視線を向ける。 どこか気まずい空気が流れる。 恐る恐る辺りを見渡したけど、柳瀬さんの姿はない。 いつも一緒にいるイメージだったから、小さく安堵の溜息を吐いた。 音のない世界で、悶々と考える。 もしかしたら、桃香さんと会うのも、今日が最後かもしれない。 それでも、何を話ていいか全く分からない。 彼女との共通点といえば、常務くらいしかいないけど。 彼女の口から、彼の事を聞く勇気は無かった。 ただ苦しいくらいの沈黙が続く。 一体彼女は私に何の用なんだろう? それに、別れたとはいえ、私と常務の関係を知っているの? もし、知っているのならば、その事を問いに来た? だったら、私から話す事は何もない。 もう、いっその事このまま逃げてしまおうかと思った、その時――。 「今日が、この会社への最後の出勤だと聞きました」 「は、はい……」 「アメリカに、行くんですってね」 「はい」 ただ、短くそう告げる。 それ以外、何て言っていいか分からなかったから。 案の定、再び沈黙が私達を包む。 耐えきれずに、この場から逃げ出したい気持ちにかられた。 それでも。 「――彼に」 不意に聞こえた、小さな声 導かれるように隣を見ると、私を見つめる大きな瞳があった。 「彼に会わなくていいの?」 落ちた言葉に、目を見張る その言葉で、彼女がどこまで知っているか知った。 ゆらゆらと瞳が揺れている。 いや……揺れているのは私かな。 「ごめんなさい……。忘れて下さい」 一向に口を開かない私に、ふっと自嘲気に笑って視線を落とした彼女。 細い指で綺麗な髪を背中に流して、大きな溜息を吐いた。
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