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それでも、俯いたまま彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「アメリカに……行くのは……彼から離れる為?」
彼女の小さな声は、虚しく落ちて消えた。
それでも、静かなこの空間に響くには十分な大きさで、私の耳にもちゃんと届いた。
彼女は全てを知っている。
私と、彼の関係を。
そして、きっとまだ私が彼を忘れられないのを知っている。
だから不安なんだろうか。
それとも、罪悪感でも感じているのだろうか。
俯く彼女の小さな顔を、波打つ栗毛が覆う。
不安げに震える睫毛が、儚くて、女の私でも魅入ってしまった。
本当は、憎い相手なのかもしれない。
だけど、どうしてか憎む事は出来ない。
閉ざしていた口をゆっくりと開ける。
この気持ちだけは、伝えなければと思って。
「仕事の為、自分のキャリアアップの為です」
彼女の言葉に、キッパリと返す。
すると、伏せていた彼女の大きな瞳が私に移動する。
それでも、真っ直ぐに私を見た後、その瞳は微かに細められた。
「あたたも、嘘が上手なのね」
「……え?」
「私はあなたが羨ましい」
声を揺らした私に、真っ直ぐに伸びてくる澄んだ声。
どこか自嘲気に笑った彼女の顔が、夜景の灯りに照らされる。
「愛される事を知っているんですもの」
「愛される……事?」
「私はいつも、抜け殻ばかり」
そう言って、今にも泣き出してしまいそうな笑みを浮かべた彼女。
歪めた瞳の奥が、どこか悲しげに輝く。
「だけど、抜け殻でもいいの。側にいてくれれば」
「――」
「それだけで、私は生きていける」
彼女の言葉の意味が分からない。
それでも、どうにもこうにも苦しくなる。
「私は……あなたが羨ましい」
呟いた声は、彼女に届いていただろうか。
まるで独り言の様に言った言葉は、頼りなく揺れる。
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