頭上注意

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

頭上注意

 職場付近の雑居ビル脇に『頭上注意』という看板が立てられた。  雑居とはいうものの、老朽化が進み、今はテナント一つ入っていない廃ビルのようなものだから、当然人の出入りはなく、上から何か降ってくる筈もない。  どうしてこんな看板が立てられたのか。  ふと気になり、上を見上げた瞬間、視界が『落ちてくる何か』でいっぱいになった。  反射で避けたというより、驚きのあまり尻もちをついたので避けることができた、というのが正解だろう。  いったい何が落ちてきたのか。起き上がって付近を見回すが、落下してきたらしき物は何もない。  気のせい? いや、確かに何かが上から落ちてきた。  落ちてきたものの正体は判らないけれど、せめてどこから落ちてきたのか確かめようと、もう一度天を仰いだ時だった。  ビルの屋上に人影が見えた。顔はよく見えないのに、口元の動きだけがはっきりと目に飛びこむ。  声は聞こえなかった。でも口の動きで何を言われたのかは理解できた。 『もう一回』  それが判ったから、今度はギリギリではあったけれど、避けるつもりで必死に避けた。そしてその足で、俺はビルの側から走り去った。  …後で聞いた話だが、そこの雑居ビルが廃ビル同然になったのは飛び降り自殺があったせいらしい。  その件以来、何かとビル内でおかしなことが起こり、人の出入りがなくなってビルは廃ビルとなった。けれど最近、ビルの側を通ると上から自殺した人が落ちてくるという噂が立ち、せめてもと、ビルの持ち主があの看板を立てたそうだ。  会社の近くの話なのに、俺、全然知らなかった。  でも、幽霊話にしては、俺が遭遇した『落下してくる何か』には質量があったように感じられる。  二度目はともかく、一度目の落下をかわしてなかったら、俺は下手をしたら打ち所が悪くて死んでいたんじゃないだろうか。  あの看板、見かけたら普通目の前で足を止めて見入るよな。  注意喚起は大切だけれど、看板の位置は場所を変えた方がいいと思う。 頭上注意…完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!