コンクールに向けて

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 演奏を終え、荒く息を吐く僕の頭上から、シューイチの冷酷な響きが落ちてきた。  「まったく……つまらない演奏ですね。   私にとって何も得るものがない、時間の無駄でした」  「ック……」  悔しくて、情けなくて恥ずかしい気持ちが交わり、唇を噛み締めて深く項垂れた。  シューイチは、フゥ……と短く息を吐いた。   「本来なら、この場で退席させて頂くところですが、モルテッソーニ直々の依頼でしたので、それだけの務めは果たしましょう。   『テンペスト』は通常付点四分音符で60から72程度のテンポで演奏するのが適切だと言われています。貴方の演奏はそのテンポを超えており、楽譜に指示されているAllegretto(少し速い程度で)ではなく、寧ろAllegro(速く)に近いものと言えるでしょう。   また、テンポを上げるほどかなりの演奏技術を必要としますが、貴方はそれに見合う技術を持っていません。後半まで持久力が続かず、腕の力が弱まってフォルティッシモが十分響いていませんね。これは、基礎練習がきちんと出来ていない証拠です。   だいたい、貴方はこの曲をまるで理解しようとせず、ただ譜面を追うだけに終始しています。この曲の重要性は、単にベートーベンの中期の作品を仕上げることに留まらず、ベートーベンの作品の中から彼の「哲学」を探って行く方法を導き出す足がかりとなる作品であることなのです。   『テンペスト』だけでなく、それぞれの年代のソナタの特徴を理解した上で、貴方なりの『テンペスト』の解釈を譜面の上で表現して下さい」  
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