コンクールに向けて

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 第1主題を用いた経過句を経て第二主題がイ短調で出され、劇的な感情の変化が転調によって引き起こされる。  ト短調からイ短調、ニ短調、ハ短調、変ロ短調、変イ長調、再び変ロ短調、コーダに入ってト短調、イ短調を経由し、ニ短調に帰る、全く迷いのない流麗なフィンガリング。  ドラマティックで胸に迫ってくるメロディーを受け止めきれない。  僕の胸の中に深く突き刺さり、それはドクドクと熱く溢れ出して流れていく。  シューイチの繊細な眼鏡のフレームの奥の美しいライトグレーの瞳は、指先を見ていない。彼の髪が官能的に揺れ、フッと顔を上げた彼の瞳を漆黒の長い睫毛が覆う。  彼の鍵盤を弾く指が、ペダルを踏む足が、憶えている。全身に、この曲が染み込んでいる。    彼の脳裏には、テンペストの情景がくっきりと鮮やかに見えているのだ。
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