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「あの、なにかの間違いじゃないかな? 色川に渡してくれと言うのなら渡してあげるけど――」
俺の、時折裏返った声を制して理恵はいった。
「うぅん、違うの! 飯田君でいいんだよ! 飯田君にあげたいの。飯田君、あたしのこと嫌い?」
俺が彼女のことを嫌いな筈がない。
品良くダークブラウンに染めた長い髪を軽くウェーブさせ、ほんのり浮かぶコケティッシュな笑顔を、いつも遠くから眺めては、それだけで満足し心ときめかせていていた俺は、いま会話できているだけでも奇跡が起きた心持だったのだから。
完全に舞い上がり、脳内麻薬で頭の中が真っ白になっていた俺は、その時なんと答えたのかさえ覚えていない。
こうして、性格は良いといわれるのに残念を絵に描いたようだとも言われるこの俺が、青天の霹靂によって人並みに女性とお付き合いをするリア充になってしまった。時を経たずして肉体関係を持つと、逢う度にセックスにのめり込んでいったのも必然だった。
そして、理恵は娘の愛を身篭る。妊娠がわかると、俺はすぐに理恵と入籍して、大学を卒業すると色川の勧めで同じ会社に就職し、現在に至っている。
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