開業日和

1/10
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

開業日和

(1) ふわりと漂う風がどこか柔らかく、花の香りを乗せて微かに髪を揺らしていく。冬の眠りから覚めた動物が浮き足立つように、その少年も昼を回ったばかりで学校を後に出来ると喜んで、クラスメイトに声をかけた。 「志岐!これからカラオケ行かね?」 教室。うららかな風が吹き込むその室内に少年の声はよく通り、志岐という名に導かれて何人もの生徒が彼の人の返答を聞くべく視線を送る。 皆の視線の先。帰り支度をしていた少年は自分を呼ぶ声の方に顔を上げた。サラサラの前髪が長い睫毛にかかり、涼しげな目が此方を見る。調った鼻梁、決め細やかな肌、加えて180cmの高身長。モデルと言われたら誰しもが納得してしまうような少年がブレザーの制服に身を包みそこにいた。そして形の良い唇が調った音を爪弾く。 「悪い。これからバイトなんだ」 さして悪いと思って無いのか、その声は軽い。爽やかながら断りの回答に先程まで集まっていた視線は残念そうに散々となった。成程こんな美形がカラオケに行くのなら自分も行きたいと願う女子がいったい何人いるだろう。きっと少なくは無いはずだ。志岐を誘った中村は確信犯だったが、志岐もそれを知っていた。むしろ知っているから簡単に断ったのだ。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!