第3章 偽りでつくられた関係

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「天宮くん、これなんだが……」  品の良さとお洒落さが窺える、さりげなく縦のストライプが入っている、落ち着いた色味の高級なスーツ。  それを着こなしている瑞生に、優奈は黒い重厚なバインダーを渡された。 「……はい」  今は昼休み明け。  昨日、自分はこの男に抱かれたのかと思うと彼を直視することができず、優奈は瑞生の顔を見ることができない。  震える声を制そうとすると素っ気ない返事になってしまうのは、仕方のないことだ。  ピクリと指を動かした瑞生に気づくことなく、中に挟められている書類に目を通した。  ――今日は残業かな。  朝、挨拶もせず逃げるようにして彼を置いて行ったから怒っているのだろうか。  そう思わずにはいられないほどの量に優奈は眉を下げ、失礼なことをしてしまったのだから自分が悪いと思い、さっそく取りかかろうとする。  人が沢山いるために広いオフィス。  落ち着いた空間を。そんなコンセプトで造られているからか天井と床は木目模様で、壁は真っ白なのではなく、温かみのあるクリーム色。  デスクは木でできており焦げ茶色で、いい感じの間隔で置かれている観葉植物のパキラ達が癒しを与えるように、この空間を彩っていた。 「それと、二時に会議があるから」  小首を傾げた優奈は、ちらちらと自分を見てきている女性社員たちに緊張から唾を呑み込んだ。  早く、早く戻って欲しい。  人気者の瑞生。  そんな彼から直接書類を渡されたため、彼女たちの(かん)に触ってしまったらしい。  お決まりのパターンに身を縮めた優奈は、小さく息を吐き出した瑞生に肩を跳ねさせた。 「女は本当に面倒くさい」  ぼそりと、優奈にだけ聞こえる声量で呟く瑞生。  そんな彼が、安心しろという眼差しを向けてくる。 「お茶出しを頼む。それと……水城くん」 「へっ? あ、はい!」    真剣に文字を打ち込んでいた鈴音が何事かと声をあげ、瑞生を見やった。 「きみにもお茶出しをお願いしたい。場所はB会議室で、十五人分の用意を頼む」
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