第4章 不器用な二人

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 同居してからなんだかんだで一ヶ月。  宣言通りあれから抱いてこようとはしない瑞生に、優奈は安堵し生活していた。 「ふふっ」  自分のために買ってくれた家具や観葉植物を思い出し、頬が綻ぶ。今は仕事中だというのに。  偽物の関係だとはいえ「大切にされている実感」は、心地いいものだ。  一緒に生活して分かったのは、瑞生がかなり仕事熱心であるということである。  自分が寝たであろうことを見計らってから、こっそりパソコンや資料と向き合っている瑞生。  それと、彼が自分で言っていたように、朝にとても弱く、目覚ましではなかなか起きないということだ。  ――婚約者を演じるって、そういえば……  寝る時に抱き締められるだけで、あとはなにもされていない。  勿論変なことを期待している訳ではないが、一緒に暮らしているというだけで、その他は特になにも要求されていなかった。  だから無理やり抱かれた時のことを思いだすと、拍子抜けしてしまう。  ――結局、瑞生さんはなにをしたかったんだろう。  まったくもって分からないと思いながらコーヒーを淹れ、持ってきて欲しいと頼んできた相手――瑞生のデスクにそっと置く。 「ありがとう」 「いえ、とんでもございません」 「……きみに頼んでいた書類なんだが」  すっと脇に挟んでいた黒いバインダーを渡し、優奈は不安げに瑞生を見下ろした。  私生活はあれ以来なにも変わっていない。しかし、仕事は別であった。  ただの事務員であったはずなのに、気がつけば瑞生のサポート役のような存在になっていたのだ。  席も彼の前にされ、優奈はいつか自分がなにかとんでもないことをやらかしてしまうのではないだろうかと、気が気ではなかった。  仕事は好きだ。それに、周囲に期待してもらえるのは嬉しいし、優奈は必要とされることに安堵する性格であった。だから、頼られるとついなんでもやってしまう。  そして向上心があるため、優奈は手があけば先輩に色んなことを訊き、新しい仕事を学ばせてもらったりなどしていた。  そのため上司や先輩からの評価が高く、与えられた仕事以上のことをこなすと褒められていた優奈。  そういった経緯があり、部長である瑞生に「使えるものは使う」と宣言され、優奈はちょこちょこ仕事を与えられるようになっていた。  なので、ふと気がついた時には彼の専属事務員のような状態になっていたのだ。
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