第4章 不器用な二人

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 呼ばれると反射的に駆け寄ってしまうのは、大好きな母に手招きされ喜んで走りその腕に飛び込んでいた幼少期に形成されたものだ。  無邪気さを滲ませる走り方に瑞生が目を丸くして、何故だかスーツのジャケットの胸ポケットを握り締めた。 「急がなくて大丈夫だ」  落ち着いた声音なのに少し彼の表情が動揺、そして喜びの色を浮かべているような気がして、優奈はこてんと首を傾げる。  よく、分からなかったのだ。  この会議室は更衣室に近いからかひとの声が聞こえており、優奈は動きを止めてしまった瑞生に戻らなくて良いのだろうかと顔を向ける。 「先に、戻っていてくれ。俺は、あとで行く」  道をあけられますます瑞生の様子を怪訝に思ってしまうが、鳴瀬をあまり待たせるのもいかがなものかと、優奈は足を前に踏みだした。  すると背後からぎゅっと一瞬強く抱き締められ、名残惜しそうに手放されてしまい、何事かと振り向こうとする。しかし―― 「そのままなにも言わず、行ってくれないか?」  懇願するような口調。  心なしか寂しさを含んでいるような気がして、優奈は視線を彷徨わせた。  どんな相手であっても、こういう空気を出されると心配で堪らなくなる。  なにも言わないで欲しいということは、どうしたのかとか、そういうふうに訊ねられたくないということなのだろう。  察した優奈は瑞生の気持ちを尊重し振り返ることなくドアを開け、会議室をあとにした。 ◆◇◆◇◆ 「ごめんね、天宮さん。突然誘ってしまって」  サラリーマンやカップルなど様々な客が集う、入りやすい雰囲気の居酒屋。  ここは個室で、横にスライドする方式のドアで仕切られている広めの空間に優奈は緊張しピンと背中を伸ばして座っていた。  たいして話してもいない人物と二人きりのこの気まずさは正直堪えがたい。だが、空気を悪くするのは嫌で優奈は微笑み、ゆるく首を振った。 「いいえ、お気になさらないでください」 「ありがとう。……じゃあ、さっそく」  ドリンクメニューを自分に見やすいような向きで置いてくれた鳴瀬に、優奈は「ありがとうございます」と一言いってからどれにしようかと悩んだ。  こういう時はビールを頼むべきなのだろうかと、いつも迷っては相手になにを飲むのか訊ねてしまう。
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