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ぷるぷると目の前で厚揚げが踊っている。でかい。そのでかさに時東は圧倒された。でかい。公称百八十の時東よりもはるかにでかい。倒れてきたら、たぶん、死ぬ。
恐れおののく時東の耳に、ご機嫌な歌が届いた。口がどこにあるのかは謎だが、発信源が厚揚げであることは間違いない。そして今更ながらに気が付いたが、厚揚げの後ろでは、バックダンサーよろしくジャガイモと大根が飛び跳ねていた。
夢だ。間違いなく自分は夢を見ている。時東は断言した。同時に、そんなに昨夜のおでんが嬉しかったのか、と。自分の浮かれぶりを内省しているうちに、また厚揚げが舞台の端から飛び出してきた。センターで踊っている厚揚げに、勢いそのまま体当たりをかましている。時東は生まれて初めて、厚揚げが中身を飛び散らしながらぶつかり合う瞬間を目撃した。
陽気な音楽から急転、もの悲しい音楽がかかり始める。割れかけの厚揚げが舞台の上で倒れ伏している。我が夢ながらシュールだ。
『何よ! 何なのよ!』
どこから声が出ているのかは謎だが、体当たりした厚揚げが悲劇のヒロインよろしく嘆いている。
『あなた今までずっと私を食べるときは、辛子で食べてくれていたじゃない!』
眼もないのに何故か恨みがましく見つめられているような気分に時東は陥った。まるで修羅場だ。厚揚げなのに。
『なのに何で……!』
心なしか、厚揚げだけではなく、大根とジャガイモも自分を見ているようで、時東の腰が引けた。自慢ではないが、そんな修羅場を経験したことは時東にはない。
『昨日に限って、生姜醤油なのよ!』
[3:時東はるか 11月19日7時5分]
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