[0:南食堂 11月4日22時24分]

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 そう、二ヶ月前。ちょっとした親切心から『田舎に行こう』なるテレビ番組に関わってしまったことが、運の尽きだった。芸能人が田舎に行って郷土料理に舌鼓を打ちつつ村人と交流すると言う、芸能人ばかりがハートフルなそれである。  ところで南が亡き両親から受け継いだ食堂は、カウンター席が五席。四人掛けの客席が一つに、二人掛け客席が四つ。満席でも二十席にも満たない小さな店だ。店の名を売るつもりもない店主からすれば、面倒でしかない企画だったのだが、町役場勤めの同級生に泣きつかれたとあっては無碍に出来ないのが田舎暮らしの悲しい性だ。  かくして南食堂に芸能人様ご一行がやってくることになったのだけれども。 「俺、南さんのごはんを食べると、幸せな気分になれるんだよね、マジで」  山盛り追加してやった白米を、白菜の浅漬けをおかずに、子どものような顔で件の芸能人様がもりもりと食べている。言葉通り、幸せそうではある。ただの白米なのだが。  若い女の子を中心にブレイク中の若手アーティストらしいが、そんなに食に逼迫しているのだろうか。ほぼ隔週、片道二時間かけてやって来る人間の気が知れない。ブレイク中と言いつつ、もしかするとさして仕事がないのかもしれない。  おでんの仕込みをしながら南がそんな疑惑を抱き始めたとは、つゆ知らない時東が、「おでんも美味しいよねぇ、冬だなぁ」と顔を緩ませている。
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