[1:時東はるか 9月2日2時15分]

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 むしゃくしゃした感情を溜息でなんとか追いやって、時東は防音室を出た。生活感のないモデルルームのようなリビングを大股で通り過ぎ、冷蔵庫を開ける。中に入っているのは、酒の類だけだ。選ぶでもなく無造作に発泡酒を抜き取って、缶を開ける。味が分からなくなってしまえば、安い発泡酒だろうとビールだろうと、それこそ焼酎だろうがワインだろうが、なにもかも同じ。アルコールによる軽い酩酊を期待するだけだ。  無味のそれを喉に一気に流し込んで、引き返そうとしていた足が、リビングで止まる。テーブルの上に放置していたスマートフォンが光っている。マネージャーからの連絡であれば、過ぎた放置も出来ない。  なけなしの義務感で一読して、時東はうんざりと画面を閉じた。 「田舎に行こう、ねぇ」  なんのことはない。マネージャーからの明日の予定の念押しだった。芸能人が単独で田舎に赴き交流を図るバラエティだ。ひな壇に座って笑っていれば良いだけの番組と違い、明確な台本がない。そのため、頭も気もより一層つかう仕事になる。面倒くさい。何度目になるのか知れない溜息を吐き出して、時東は天を仰いだ。  いつからか、ライブ依頼や音楽番組と言った本業での出演より、バラエティ番組への出演依頼が増え始めた。自分のキャラの何が受けたのか、はたまたこの顔のおかげなのか。分かりたくないので時東は関知しないが、とにもかくにも初回出演時に何故か時東の存在は視聴者に受け、以後、バラエティばかり打診が来るようになったのだ。
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