第1話 竹澤さんについて

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病院から社に戻りました。 あ、足の方はお医者様に捻挫と診断されました。全治数日で、特に生活に支障はないようですがパンプスはかなり痛いです。 「あたっ。あたたたたた!」 せっかくなので、私、ちょっとだけ勇気を出して甘えてみる事にしたのです。足が痛いフリをして、よよよと寄り掛かります。よくもまぁこんなマネが出来るなと自画自賛です。 仕方ないな、と言わんばかりですが軽く肩を支えてくれました。 「あたたたって、ときどきおじさんみたいだよね」 「え!?おじさんってどういう事ですか?おばさんなら分かりますが」 「何となくおじさんかなって。さっきもプロ野球がどうこう言ってたし」 下手くそな演技をする小娘を微笑ましく眺めるような視線でしたが、私はお近づきになれて充分満足でした。 そんな至福の時は数分で強制終了です。 電話が鳴っています。勿論竹澤さんのです。 「ごめん瀬野さん。ちょっと行かなくちゃ。足、お大事に。無茶しないように」 呼び出しが入り、早足で何処かに行かれました。恐らく社長です。 男の方の権力闘争は女で若輩者である私には微塵も分かりませんが、我が社は国内外に30近くの拠点を持つ大企業ですのでやはり、社内にいくつかの派閥があります。 現在の第一派閥は当然社長の香月(かづき)派です。慣例では社長の任期は5、6年だと言われていますが既に在任7年目の長期政権です。 竹澤さんは若い内から社長様に認められ重宝されているようで、また側近の中でも一番若手ということもあり特に可愛がられているようです。 現在、経営企画室から人事部に出向という形になっていらっしゃいますが、近い内に課長に昇格されるのではないかと噂されています。 そして対抗派閥所属の現在の課長様は島流しへ。可哀想ですが、実を言うと部下である私達も、課長様より課長代理の竹澤さんを慕っていますし頼りにしています。 それにしても。 こうしてよくよく考えてみると彼もまた、私のような庶民にとっては雲上人(うんじょうびと)なのかもしれません。
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