第3話 土曜の葬式

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第3話 土曜の葬式

鉛色の空から槍のような雨が降り注ぎ、透明の窓ガラスを叩いては轟音をあげています。山の中をただひたすら走り先程から景色に変化はありません。 「この雨。凄まじいね」 バスの隣の席に座っている竹澤さんは、どことなく心配そうな面持ちです。 せめて葬儀くらいは何の憂いもなく過ごしたいという想いなのかもしれませんし、このような雨降りでは死者が天に召されて行く妨げになるかもしれないと考えていらっしゃるのかもしれません。 亡くなった方は、既に退職されていますが竹澤さんの元上司だった方です。私的な交流も深かったようで恩義も感じているのでしょう。エピソードをひとつ話していただきました。 「仕事してる時、効率悪いのに誰も何も言わずやってる、みたいなのってあるじゃん?」 「そうですね、ありますね。うちならやたらハンコ社会なのとかですよね」 「そうそう。まだ入社して間もない頃だった。新人だから、おこがましいと思いつつも恐る恐る企画を出してみた。すると彼はこう言った。『よく言った。今はすでに過去だ。俺達は世の中にないものを作る第一人者になるために存在しているんだ』って」 竹澤さんの初日の挨拶の言葉が耳朶に蘇ります。 「正直、感動したよ。こんな大きな会社で、自分の手で変えられるものがあるなんて思わなかったから。それから僕の中でその言葉が根強いた。枠の中でただ存在しているだけでは駄目なんだって常に意識している」 常に世の中にイノベーションを起こそうとしている。先駆者になろうとしている。同じ組織にいて、同じ部署にいて、こうして隣の席に座っていても、意識レベルで違いすぎています。もはや同じ空気を吸っている事すら奇跡に思えます。 「あ、ごめんね。知らない人の話して」 「いえっ! 刺激、受けます」 実は、私ではなく片桐のアニキがここに居るはずだったのです。 それが何故私が代わりに来ているか? それはもう皆さんご存知の通りです。 蔵元先輩はその役が自分にならなかったと怒り狂っていましたが、仕方ありません。アニキの方が上手だったのですから。 ちなみに、蔵元先輩とアニキは今ごろふたりきりで出張に行かれています。
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