第3話 牧島 唯の忘却

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第3話 牧島 唯の忘却

「君は、自身の樹立してきた陸上競技の記録を全て忘却すると?」 「ええ、陸上を始めた小学1年生から今日に至るまでの全ての記録」  牧島は至って冷静だった。 「言っておくけど、あたしの記録のほとんどは大会記録だったり学生記録の価値にあるものばかり。ああ、ついでに過去の大会の優勝実績も忘却するわ、その方が幸福量も上がるでしょ」 「いいのかい? 忘却すれば全て無かったことになる。君の栄光もキャリアもは全てこの世から消えてなくなる。君の人生の中の陸上と言う部分が、全て欠落する」  エルの言う通り、牧島の人生の大半が失われることとなる。 「……構わないわ」 「でも、牧島さんにとって陸上は……」  隣で聞いていた真名が口を挟む。しかし、牧島の表情は変わらない。 「人生、人生そのものよ。さっきも言ったけど、あたしにはそれしか能がない。陸上でしか認められないし、褒められない……」 「なら……」 「けど、また走ることはできる。また大会に出て記録を作って、優勝もできる。またスタート地点に戻るだけよ、陸上を始めた頃みたいに……」  牧島の表情は変わらなかったが、その声は力強かった。     
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