予感

6/26
前へ
/199ページ
次へ
病んでるなぁ…と、兄の姿を見ながら似たような顔の弟、翔は思う。どんな女性に想いを寄せているのだろう…と。 過去に好きな人の話を聞いたことは無かった。 翔にとって兄である純一は恐ろしいほど完璧で、この世で一番敵に回したくない存在だった。 例え戦国時代だとしても、兄と剣を交える事など絶対にありえない。 兄に勝てるわけがない。どんなに味方をつけようとも自分が白旗を揚げることになるのは目に見えている。 それなのに、そんな兄の頭を悩ませる存在がこの世界に存在するなど翔には想像もできなかった。 もともと体毛の薄い野本の顎に黒いつぶつぶが浮かび上がってるのを見ると、ホラー映画を見るよりもゾッとする。今までこんなだらしない姿で過ごしているところを見たことがなかったから。 さて、どうしたものか…と、翔はソファから立ち上がると台所に向かった。 とりあえず必要な事は言ったしな…と、冷蔵庫の前で立ち止まり、冷蔵室のドアを開けた。 「うわぁ…びっくりするほどきれい……」 (から)の冷蔵庫を見て思わず心の声が漏れた。 そう言えばここ数日買い物にも行かないな、あの人…と、扉を閉めて腕時計を確認した。 近所のスーパーは夜10時まで営業している。現在時刻、夜8時半。 そろそろ値引きシールを貼り始める頃だな…と、思いながら翔は自室に戻り、財布をポケットにしまう。 色ボケの兄に構っているほど暇ではない。まだまだ成長期の20歳だ。食べ物には人一倍執着がある。 「兄貴、買い物行くけどなんか欲しいもんある?」 声を掛けてみたが、野本はソファに横たわったまま、何度となくため息を吐いている。 「…気持ち悪いよ、マジで」 つぶやいてから部屋を後にした。
/199ページ

最初のコメントを投稿しよう!

730人が本棚に入れています
本棚に追加