予感

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しかし、それを見てしまった事に後悔する。まさか同じ考えの人間がこんなにいるとは思っていなかった。 値引きシールの貼られた肉や魚ばかりをカゴにいっぱい詰め込んだ老夫婦が何人もいたのだ。 それだけじゃない。彼らのあの行動から見て、日課なのだろう。この時間に値引き品を買うことが。 すっかり値引き品のなくなった冷ケースの前で、翔は何を買って帰ろうか悩む。 作るのも面倒だし、高い物を買う気もない。野本と真逆でプライベートは充実していても財布の中は寂しいのだ。 仕方なく5食入りのインスタントラーメンをひとつと飲み物をいくつか買って帰ることにした。 マンションに着くとエレベータの前で隣の部屋のご婦人と会った。 「あら、お隣の」 と、きれいなマダムが声を掛けてくる。 40代前半くらいだろうか。女優さんみたいにきれいな人だ。肌ツヤもよく、40代とは思えないほど若々しい。肩先まである髪はお風呂に入った後なのか、まだ湿っている。 「こんばんは、弟の翔の方です」 と、彼の中ではごく当たり前の挨拶をすると、夫人はにこりと笑った。 「翔君は可愛いわね。お兄さんもイケメンよねぇ」 と、目を潤ませて翔の顔を見つめている。
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