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「フーフー――そう。でさ、その女、注文してから待ってる姿も綺麗だったんだよ。文庫本なんか読み始めちゃってさ。それも高そうなカバー付けてる本でさ。文庫本一つにもこだわりが感じられてさ。あれは普段から読書してる感じだな」
「確かに、そこでスマホを出さないのはポイント高いな」
「だろ。でさ、蕎麦が来て、蒸籠に入った炊き込みご飯を見ても写真撮ったりとかしねーの。静かに本を閉じてさ、箸の持ち方も綺麗だったな」
「今のところ惜しい要素が見当たらないな」
「フーフー――で、ここからがまたいいんだけどさ。その女、3点セットの中で最初に蕎麦を一口食べたんだよ。オレは感動したね。思った通りに食べてるってね。蕎麦は伸びるから、最初に食べておくべきだ。それを分かってくれてるんだよ」
「うん。まあ、割と一般的な発想だけどな」
「それからさ、かき揚げを一口食べてから蕎麦に乗せたんだ。感動したね。天ぷらのサクサク感をまず味わってから、温かい蕎麦つゆに浸けて食べる。オレの思った通りに食べてたからね」
「うん。まあ、そこそこ誰でもやりそうな食べ方だけどな」
「フーフー――でさ……ここまでは完璧だったんだけど、その時急に蒸籠の蓋を開けたんだよ。まだ蕎麦も一口しか食べてないし、かき揚げも浸けたから、蕎麦を先に片付けないとこの食事は成立しないのにさ」
「うん。いや、そうか?」
「がっかりしたね。そんなことをしたら炊き込みご飯が冷めてしまう! 米の表面が乾いてかぴかぴになってしまう! ここにきてそのミスはなんだ! ってね。怒りさえ覚えたね」
「今のところその人に惜しいところは無いのに、お前は残念でしょうがないな」
「フーフー――でさ、少し冷静に観察してみて気づいたんだ。そういえばコイツ、さっきから何回麺ふーふーしてんだよ! ってね。その女の舌には致命的な弱点が――」
「猫舌か」
「そう。その女は猫舌だったんだ。そこまでは完璧だったのに、蒸籠に温められたご飯が熱いからと、冷まし始めやがったんだ。惜しいだろ?」
「いや。で、お前はさっきから何回麺ふーふーしてんの」
~完~
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