第一章 決起2

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 ぽつりとこぼした烏有は、革袋から見事な細工の施された、翡翠の印を取り出した。墨の乾きを確認し、文を降りたたむと、宛名を記した包みに入れて、封をする。そこに、墨をたっぷりとつけた翡翠の印を押し当てて、差出人の署名に鶴楽と記した。  重労働を終えた者に似た息を吐き、烏有は小窓の外に視線を投げる。灰色の雲が空を覆っているからか、人通りは少ない。 「まさかこんなふうに、この印を使う日がくるなんて、思わなかったな」  印の墨を、備え付けの布で丁寧に拭って、革袋に入れる。これさえあれば、烏有は岐の太政官にも、直接に文を送ることができる。無用の長物だと思いつつ、持ち歩いていたものが役に立つ日がこようとは、夢にも思っていなかった。  烏有にこれを使わせたのは、蕪雑の純朴な願いだった。  この世は神に等しい申皇が治めている。その下に神との行儀を受け持つ神祇官と、地上の行政を受け持つ太政官が置かれていた。     
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