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烏有は蕪雑の「人を大切に扱う府」という言葉に惹かれた。そういう府がないわけではないが、烏有が書物に見た国のように、官僚よりも民が上とするものではない。官僚こそが、さまざまなものを作り生み出す民に生かされている、という意識を持った府は、どこにもなかった。
「蕪雑なら、そのような国を造れるかもしれない」
自ら頭目となったわけではなく、人々に慕われ、いつの間にか中心となっていた蕪雑なら、書物の国を現実のものとできるのではないか。
その気持ちが興国の提案となって、口をついて出てしまった。頭目となっても、自分よりも優れた者がいると意識している蕪雑が統治をすれば、世の常識がくつがえるのではないか。
烏有は呼び鈴を鳴らした。さきほど茶を運んできた少女が現れる。
「間違いなく届けてくれよ」
文とともに手間賃を渡すと、少女は頭を下げて去った。
書茶室で書かれた文を受け取るのは、文字の読めない少女と決まっている。どこの室内で書かれたものかがわからないよう、郵亭馬車が到着する日まで、ひとまとめにして保管される。どこの誰がどこ宛に文を書いたのか、警兵官が郵官を尋問しても漏れることはない。そのぶん値段は跳ね上がるが、烏有は届け先の官僚に支払いを求める、信用書面も添えていた。それを使える人間も、その存在を知っている者も、限られている。
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