第一章 決起2

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 烏有は腰に下げている横笛を、袋の上から撫でた。彼の商売道具には、こういう場所での優待と信用を受けるために使用する、身分証明となる印が刻まれている。  山中で蕪雑たちに襲われたとき、彼等がこの印の意味を知っていたなら、こんなふうにはなっていなかったろう。彼等は烏有から奪えるものが、わずかな金と横笛だけと知り、夜の山道は危ないからと、彼等のねぐらへ連れ帰った。 「まったく、不思議な連中だよ」  烏有はゆったりと茶と菓子を味わう。彼等は、菓子を口にしたことはないだろう。あったとしても、小麦粉を練って油で揚げたものに、蜜をかけた程度のものに違いない。 「自分が作り、生み出したものであるのに、その口に入れることなく命を終える者もいる」  それが常識となっている世の中が、烏有は不思議だった。  口に入れるよりも、売るほうが生活の糧となる。  調理などの加工を施す道具や技術を、有していない。  ほかにも、さまざまな理由があるだろう。なるほどそうかと、いったんは納得をするのだが、しばらくすると腑に落ちないものを感じてしまう。  烏有は焼菓子をしげしげとながめた。これの材料となるものを育てた者は、食べてみたいと思うだろうか。どうでもいいと、考えているのかもしれない。 「妙なことを気にすると、叔父上にもよく言われたな」     
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